布施剛臣建築設計事務所布施剛臣建築設計事務所

2025.10.03

絵画「静唱」を迎える

長野県立美術館・東山魁夷館を2年ぶりに訪れました。

駅から続く坂道の先に堂々と佇む善光寺の存在感、城山公園と一体となったランドスケープミュージアムを楽しむ人々の姿、そして屋上テラスから望む信州の山並み。これらが重なり合うこのエリアは、好きな街であり、好きな場所です。この周辺を歩いていると、考えていることや感性が穏やかに澄まされていくように感じます。

また、谷口さんが設計した「東山魁夷館」は、光と影、水と石、そして館内の凛とした空気感までが調和した穏やかな美術館です。無駄のない構成の中で、建築と絵画が呼応し合い、心を静かに整えてくれます。

そんな中、かつてから心惹かれている東山魁夷の「静唱」を再び鑑賞することができました。晩秋の霧深い朝、ポプラ並木が水面に映る静寂の風景。作者が「ヨーロッパの異国の地で故国を恋う感情が静かに響いてきた」と語るように、淡い青に包まれた光景は、心の奥に穏やかな余韻を残します。

そして今回は、2年越しの想いを込めて「静唱」の絵画を購入し、ついに事務所に迎え入れることができました。日々の仕事の中で少しずつ波立っていく思考や感情が、この絵を前にすると静かに整い、凪のような状態になります。その静けさの中に、ものをつくる原点のような感覚がそっと戻ってくるような、そんな時間をもたらしてくれる一枚です。

2025.09.18

谷地の住宅・「Works」更新

今年の5月に竣工した「谷地の住宅」を「Works」に追加しました。

この敷地は、四季を映す水田と遠くに連なる山々が調和し、静かな時間の流れを感じられる場所です。その豊かな田園風景に向けて建物を開き、代々受け継がれてきた中庭の存在を大切にしながら計画を進めてきました。

計画の主題として掲げたのは二つです。

ひとつは、この土地が持つ潜在的な素晴らしさを引き出すこと。田園のひらけた眺望と、屋敷内へと導くように存在する中庭。その両方を日常の暮らしの中に取り込み、新しい住まいを風景と結びつけることを目指しました。

もうひとつは、地面とのつながりを保ちながら接地性・平屋性をもたせること。深い軒を介して人の営みと家庭菜園・田園風景が連続的かつ近距離的に関わり合うように計画しました。木々や農作物が傍にあり土に触れる暮らしが、この土地らしい新たな風土の基盤を築いていきます。

「谷地の住宅」は、風土に根ざした姿と地面とつながりをもったエコロジカルな暮らし方をひとつに結び、土地の記憶とこの地域ならではの暮らしを静かに織り合わせた住まいとして、また新たにここに佇み続けます。

 

2025.05.15

豊かさは窓の向こうからやってくる

当事務所の和室5.5畳の打合せスペースの南側に面した窓の先に広がる前庭では、藤の花が満開を迎えています。

淡くやさしい紫の花房が、春の風にたおやかに揺れている姿は、ふとした瞬間に心をほどいてくれるような美しさがあります。
この藤は、数年前に足利フラワーパークで手に入れたもので、枝が枯れてしまった古木のキャラに巻きつけるかたちで植えたものです。
今では堂々とした存在感を放ちながら、打合せに訪れる人たちの目を楽しませてくれています。

この打合せスペースには特別な装飾はなく、テーブルと椅子が並ぶだけの簡素なつくりです。 それでもここに座っていると、不思議と心が落ち着いていくのを常日頃から感じています。

窓の外から差し込む光、通り抜ける風、草木の匂い、鳥のさえずり、葉のこすれる音。
こうした外の世界が、まるでこの小さな和室にすっとダイレクトに溶け込んでくるような、そんな距離感があるからなのかもしれません。

暮らしの中の豊かさは、いつも外部からやってくる。

改めてそう思わせてくれた、藤の花咲く春の日のひとときでした。

2025.04.25

庭を紡いで風土を引き継ぐ(続編)

 

2023年11月に設計段階での既存中庭調査の様子を本頁にて紹介を行なった「谷地の住宅」は、昨年11月に建物本体の建て替えが無事完了しました。
そして今年3月からは雪解けとともに外構・植栽工事が始まり、敷地内にあった既存の庭木に積み重ねられた記憶と風景を大切に紡ぎながら、新しい住まいと有機的に結びついた庭づくりがようやく形となりました。

広々とした敷地や中庭、古い住宅の跡地などを再構築し、敷地全体のバランスに考慮して設けた4つの特徴的な庭・緑地スペースが、地域や新たな住まいに豊かな表情をもたらしています。

通りに面した「前庭」は、クローズな既存コンクリートブロック塀を解体し、旧中庭から移植した樹木や月山石の再活用による石積みなどを行いながら、集落の顔となる佇まい・門構えをオープンなかたちでつくり出しています。

通りから住宅へと向かうアプローチ路の脇の「シンボルツリー・芝生スペース」にはイロハモミジを据え、家族や来訪者をやさしく迎え入れる象徴的な場として設えました。
建主さんの思い出が詰まった「ひよこ石」も旧中庭から移設し、芝生の広がりとともにかつての記憶を今に引き継いでいます。

「中庭」は、かつてこの敷地に建っていた住宅とともに、先祖代々受け継がれてきた想いや歴史を最も色濃く留める場所です。
石灯籠、石橋、山に見立てた大きな庭石など、山水庭園として意図された中庭を身近に楽しんでもらえるよう、アプローチ路や玄関と密接につなぎ、石橋を通って散策できる小道も新たに整備しました。
これまでの暮らしの記憶を受け継ぎ、家族の心をつなぐ大切な場としています。

敷地奥の「プロムナード・家庭菜園」は、田園風景とのつながりを大切にした場所です。
敷地を貫くプロムナードが田園風景へと視線を導き、その広がりを一層高める役割を果たしています。
もともとあった家庭菜園と組み合わせることで、農作物作りと風景が深く結びつき、穏やかな暮らしの場をつくり出しています。

これら4つの庭・緑地スペースが、それぞれの表情を持ちながら敷地内に点在することで、新しい住宅は、かつてこの地に積み重ねられてきた時間と、これから紡がれていく未来とを、静かに結び直す場となりました。
この土地に息づく風土と記憶を、暮らしの中に柔らかく溶け込ませながら、新たな物語がまた一歩ここから始まっていきます。

2025.03.28

創建百五十年のその先へ

山形市旅篭町にある「里之宮湯殿山神社」は令和8年に創建150年という大きな節目を迎えます。

この佳き年に向け、神社では参拝環境の向上と地域の鎮守社としての姿を後世に継承していくため、各種記念事業の計画と整備工事が段階的に進められています。

その一環として、「社務所」の修繕計画もいよいよ本格始動しました。まずは現地調査と関係者へのヒアリングを実施し、参拝者をお迎えし神職が日々の務めを果たす場として、より機能的で風格のある空間を目指し、修繕内容を検討しています。

引き継がれていく次の世代に向けて、「使いやすく快適な環境を整えること」と「歴史的な空気感をデザインとして継承すること」というテーマに基づき、様々なご提案ができればと考えています。

2025.03.15

地域の魅力を呼び覚ます

第3回東北建築大賞の第三次審査にノミネートされた山形の2作品の現地審査が本日行われ、3名の審査員の方々(北山恒・西方里見・六本木久志)と一緒に審査委員事務局として参加しました。

1つ目は村山市にある「リンクむらやま」

創立以来100年以上地域に親しまれてきた旧楯岡高校を利活用し、新たなにぎわいの創出と創造を目的としてオープンした複合施設です。
にぎわいを体現する場所として設けられた、11スパンが連続するこの施設のメイン空間「ワンルームリビング」は、とても明るく開放的で様々な交流が期待できる場所でした。

新しい施設を一通り案内してもらって印象的だったのは、20の民間事業と8つの公共サービスを建物内に上手にプログラムしながら建物自体の存在価値を呼び覚ましていたことと、各エリアを利用している人たちみんなが楽しそうでこの施設が賑わっているその光景でした。

2つ目は天童市にある「天童荘うなぎ勘次郎」

明治10年にうなぎ屋として創業した天童温泉の老舗旅館天童荘のうなぎ料理を、宿泊者だけでなく地域の人たちにも気軽に利用してもらおうとオープンしたお店です。

間口2間のリニアな飲食スペースでは食事を堪能しながら、両側にある大きな開口からは源泉櫓や田園、旅館天童荘や山並みなど、温泉街の風景を楽しむことができるつくりとなっていました。

この計画は建物単体だけに留まらず、無秩序な開発で失われた温泉街の景観に対して、同一設計者が設計を行なった天童荘ガーデンカフェ・源泉櫓などの一連の建築群から続くもので、歳月をかけて天童温泉の歴史や魅力を呼び覚まし、街並み全体に新たな風景を作り出している活動がよくわかりました。

 

2025.01.28

省エネ健康住宅を体感する

「谷地の住宅」は引渡しを終え、建主さんが住み始めてから2ヶ月余りが経ちます。
完成後も様々な打合せでお伺いするたびに、冬でも暖かい「やまがた省エネ健康住宅(等級:Y-G3)」の断熱性能や快適性について建主さんからいろいろな感想を頂いてきました。

今日の打合せでも薪ストーブの前に座らせてもらいながら、
この心地よい暖かさは、薪ストーブがもたらす輻射熱・断熱性能による壁面温度の高さ・高断熱サッシによって窓辺から冷気を感じないこと、これらが要因であることを直接肌で感じることができました。

打合せ後には、1ヶ月前から置かせてもらっている温湿度計からの温度分布データのエクスポートと、持参した表面放射温度計によるリビング空間の床壁天井の温度測定による、2つの数値検証も実施させてもらいました。

温度分布は1月で朝の冷え込みが最も厳しかった1月27日をピックアップしています。(上図参照)
以下のことがわかりました。
・薪ストーブのあるリビングは、比較的に室温が低くても輻射熱により壁面温度が高いため、温度分布の数値では測れない体感的な暖かさがある。
・薪ストーブのあるリビングは、就寝前に暖房を停めても冷え込みが最も厳しい朝に16.8℃を下回らない。
・暖房のない玄関前の廊下は、冷え込みが最も厳しい朝に12.3℃を下回らない。
・暖房のない玄関や廊下に出ても、一日を通して冷やっとした寒さを感じない。

次に、放射温度計によるリビングの床壁天井の温度測定結果は以下の通り。
・リビングの室温(一般部)           19.5℃
・リビング床の表面温度(一般部)      19.8℃
・リビング壁の表面温度(薪ストーブ正面)  27.1℃
・リビング壁の表面温度(一般部)      20.5℃
・リビング天井の表面温度(一般部)     22.9℃
リビングの室温よりも床壁天井の表面温度が全ての箇所において高く、薪ストーブと仕上げ材から放射する熱が質の高い心地よい暖かさを形成していることがわかりました。

断熱性能を高めることとオープンなプランを組み合わせて目指したものは、「街や風景と適度な距離感を保ちながら、雪国の寒い冬でものびやかで開放的に過ごせる山形ならではの住まいのあり方」です。

今日の体験を通して、目指してきた住まいの実現にまた一歩近づけたと実感することができました。

2025.01.27

一人の建築家を偲ぶ

昨年の12月16日に建築家の谷口吉生さんが亡くなりました。
現在進行している各プロジェクトが一段落したこのタイミングで、ようやく本人の実作「齋藤茂吉記念館」を改めて訪れ、建物を見て回りながら故人を偲ぶ時間を過ごすことができました。

思い起こせば、大学で建築を学び設計事務所で実務に携わり独立した現在まで、様々な節目で谷口さんの建物を訪れ、一切の無駄を削ぎ落とし凛と佇むその空間に身を置きながら、何度も心洗われ次のステージに向けた建築への活力を頂いて来ました。
土門拳記念館、豊田市美術館、東京国立博物館法隆寺宝物館、鈴木大拙館、京都国立博物館平成知新館、長野県立美術館東山魁夷館、訪れた建物を振り返ると、そこで受け取った当時の感動や想いが蘇ってきます。

これからも設計活動を続けていくなかで、谷口さんが求めた建築の意味をほんの少しでも感じて理解できるよう、また節目ごとに彼が遺した各地の建物に訪れ続けていきたいと思います。